|
カテゴリ
以前の記事
about
ライフログ
最新のコメント
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2008年 03月 26日
3月25日をもって、無事大学を卒業できました。
進路としましては、院には進学せず、このまま自分の勉強を続けていきます。 そして、本ブログは本日をもちまして終了いたします。 長い間読んでくださった皆様、ありがとうございました。 生活に区切りがついたら、新たなブログを立ち上げるつもりでいます。 その際は、皆様になんらかの形でご案内申し上げます。 それでは、またいつの日か。 # by askascpa | 2008-03-26 23:16
2008年 03月 26日
今日が「最後」だった。
お互いが出会ったことは“縁”だ、と彼女は言った。お互いたまたま東京と横浜に住んでいて、私の好奇心と潜在的な危機感から彼女にコンタクトをとったことがすべてのはじまり。 どんなに辛いときも苦しいときも怖いときも、いつも側にしっかりついていてくれた。声にならないヘルプのサインも見落とさず、しっかりキャッチしてくれた。 対価なしに信じること、人のぬくもり、そして「安全な別れ」があることを教えてくれた。 目の前から消えても、会うことも声を聞くこともできなくなっても、心の中に残り続けるということ。 彼女から多くのことを学んだ。これまでの私の人生に欠落していたもの -とても大切なことであるにもかかわらず を見つける手助けをしてくれた。まだ見つかってはいないけれど。きっとこれからも探し続けていくんだと思う。彼女は探す体力を私にくれた。 “いつかまたここに来てもいいですか?” "Sure" いつかまた戻ってこよう。戻れる場所があることが、迎え入れてくれる人がいることが、私を前へ進ませる原動力となる。 2008年 03月 26日
今日は卒業式だった。
長かった、でも短かった四年間。四年で卒業できてよかった…。一時は法律科目を落としてどうなることかと思ったが。友人達とも話していたのだが、「俺ら、こんなんで法律の学位授与していいのか?」って。どうなんでしょうかね…。これが日本の高等教育の不思議なところ。 見渡すとみんな個性的。もちろん法曹界目指してる子もいるけど、法律とはまったく関係ないことにすっごく詳しい子が多い。 写真→よく個展をひらいてる 料理→コックやってる 音楽→オケ作って指揮しちゃう フランス語→4年間でネイティブ並み 酒→バーテンやってる ・・・。他にもまだまだある。 授業よりも学歴よりも、こうした友達を持てたことが一番の財産。 (ちゃっかりと)知人が総代になってた。式後は彼も交えてみんなで新宿で打ち上げ。飲みまくって、お店からも卒業祝福されて、写真撮りまくって、終電間に合わないーとか言いながら靖国通りをみんなで猛ダッシュして、ますます酔いがまわって…。 こんなアホなことできるのも今日でしばらくおしまいか、と思うと少しさびしい気もする。 さあ、これで自分の身分を証明するものはパスポートのみとなった。何の組織にも属さないのだ。今自分は何をしているのか、どんな流れにのっているのか、常に意識し続けなければならなくなる。 2008年 03月 24日
ちくっ、ちくっと情報によって刺激を受けると、頭がくらくらすることがある。
こないだもTSUTAYAでたまたま手にとったDVDのあらすじを読んで、くらくら~っときた。かっと顔が熱くなって、呼吸が速くなって、目の前の景色がゆがむ。 現代は情報が氾濫していて、欲しくもない情報をたまたま得てしまうことがある。できるだけ「自分にとって」危険な情報には近づかないようにしてるけど、例えば授業で先生が話してたり、友達との会話で出てきたり、ネットでたまたま目にするから、すべてを自分でコントロールできない。 以前はそんなことなかった。「危険な情報」であることを自覚してなかったし、体に自覚症状もでなかった。でもある種の情報は自分にとっては恐ろしく危険 -それこそ日常生活を送ることが困難になるほど、ということに気づいてしまったから、今は自分を守ることに必死。もし危険な領域に近づいてしまったら一刻もはやくその場から立ち去ること。物理的にも(DVDをもとの棚に戻す。ネット上だったら別のページにいく。)、精神的にも(何考えず、何も思い出さず、頭をからっぽにする)。 でもこれでは逃げてるだけだ、ということもわかってる。逃げていては一生逃げ続けることになる。逃げ続けることになるくらいだったら、危険情報を自覚なんてしなければよかった。以前のように、なにも気づかず、何も知らないままのほうがよかった。知らぬが仏、知らぬが花、とはよく言ったものだ。 知らないことは幸せなことか?それは今の段階ではわからない。何かを乗り越えたときに、あぁ向き合ってよかった、って思えるのかな。何を乗り越えるのかもわからないけど、何かがあるのは確かだから。 2008年 03月 24日
「道具にこだわるのは、できない人がすること」
これ、母親の自論。例えば、「勉強ができる子は鉛筆や消しゴムにこだわらない。」と言われるから、小学生だった私は味も素っ気もない三菱の鉛筆とトンボの消しゴムだった。(かといって成績優秀だったわけではない。)みんなはキャラクターのついた鉛筆や、カラフルで匂いのついた消しゴムを使っていたのに。それを見ながら、いいな~、自分も欲しいな、と思った。 それと対照的なのが父親。 なんでも道具から入る。釣りを始めればルアーにこだわり、ジョギングを始めればシューズにこだわる。毎日働いてるから、通勤鞄には年中こだわってる。そしてモノがどんどん増えていく。 私は母親の言葉が刷り込まれてるせいか、道具を買うと少し後ろめたくなる。ヴァイオリンの肩当を変えたときも、電卓を変えたときも、ペンケースを変えたときも。もちろんどれも必要だから買い換えたんだけど。肩当は安定感が増す、といって先生に勧められたからだし、電卓も予備を考えると2台は必要だし、ペンケースはボロボロだったから。 それでも、なんとなくイケナイことをしてる気分になる。今は、新しい譜面台が欲しい。木製でどっしりしたもの。今はすごく軽くて持ち運びにも便利なものを使ってるけど、カールフレッシュなどの重い楽譜をのせるとぐらぐらする。 でも、譜面台変えたって上手くなるわけでもないし、そういうとこにこだわること自体ダメな人みたいだし~とジレンマ。。。 2008年 03月 23日
今日はイースター。先日オーストラリアから帰国した弟がイースターエッグのチョコを持ち帰ったので、それを食べた。すぐ飽きちゃったけど…。エッグの中にはコアラのチョコレートが入ってた。昨日からいる留学生(以下、Dと呼ぶ)にとっては、イースターは馴染み深い行事のようで。 Dがたっくさんのお土産を持ってきた。プラハの観光センターにある日本語のパンフや、本場のボヘミアングラス、お菓子、イースターエッグ(チョコではなくて、本物の卵の殻に絵が描かれている)、切手、サラミ、ビール、、、。もうとにかくたっくさんあって。スーツケースの中身のほとんどがお土産だったんじゃないか、っていうくらい。でもこれをすべてうちが頂いては申し訳ない。たぶん、彼が滞在中お世話になった人に渡しなさい、といって親に持たされたものなんだろう。そう、なかでも、チェコの音楽家であるドヴォルザークとスメタナのCDは嬉しかった!小品がたくさん入ってるものもあった。チェコ語で書かれてるから作品名はよくわからないけど。でもどれも貴重なCDで、これからじっくり聴いていこう。 Dはコンピューターグラフィックやアーキテクチャーに興味があるみたい。持参のPCにたくさんの作品が入ってた。スクリーンセーバーにしたらすごいかっこいいのがいっぱい。今度教えてもらお。 それと、訂正。12月まで滞在すると前回書いたけど、2月までだって。約一年一緒に生活することになる。長いようであっという間なんだろうな。 2008年 03月 22日
我が家に留学生が来た。チェコはプラハからの高校生(16歳)の男の子。12月まで滞在する。日本語はこれから学んでいく、という感じだから、現在のコミュニケーションは英語。チェコはチェコ語だけど、英語も日常会話は問題ないくらいできてる。
とーってもお育ちの良い子。テレビは見ない、マンガは読まない、ジャンクフード・牛肉・豚肉は食べない、マヨネーズ嫌い、と私(我が家)の嗜好にあうので、食事・習慣含めてすぐに慣れてくれそう。 外国人がいると日本人どうしの会話も英語になるように、うちも今は英語が公用語(?)。徐々に日本語も混ぜていく予定。まあ、今日は初日だからね。 ひとまず、近況報告でした。 2008年 03月 21日
![]() オーストラリアといえば、必ずといっていいほどシドニーにあるオペラハウスが登場する。誰もが一度は見たことがあるだろう。このシェル型のデザインが有名。この中は音楽ホールになっている。とても素晴らしいホール。 キャンベラにいたころ、このオペラハウスで演奏する機会に恵まれた。親は驚いていたが、私はその価値もわからず、「やったー。シドニーに行けるー。」くらいにしか思っていなかった。キャンベラからは飛行機で1時間弱、車で4時間といったところか。 キャンベラでもスズキメソードの先生についていた。海外のほうがスズキメソードの認知度は高い気がする。鈴木先生が教育者として有名だからかな。そして、オーストラリアではヴァイオリン人口が高い。ピアノが弾ける人より、ヴァイオリン弾ける子のほうが多いんじゃないかな。学校でもピアノ習ってる友達は周りにはいなかったから。ヴァイオリンは何人かいたけど。 舞台を私一人が独占したわけではなく、十数人と合奏。私は一番チビだったから、最前列のど真ん中。ヴィタリのシャコンヌを弾いた。指揮者がいてそれにあわせるのだけど、指揮者の人が後方に向かって「上級生、練習不足!」といって怒ってた。私は前列だから該当してない~、と勝手に解釈。。。実際のとこは知らんが…。この演奏会の趣旨はよくわからないが、恐らくオーストラリア版グランドコンサートといったところだろう。シャコンヌを弾き終わると、私は舞台の上部にある2階席に移動させられて、そこで以降の曲を弾いた。 (写真は弟のリハの様子) 前回の武道館の記事でも書いたけど、こうやって良い場所を一般市民にもっと開放してくれればいいのにな、と思う。こういう機会ってとても刺激になるもの。 ![]() 2008年 03月 19日
![]() このコンサートはスズキ・メソードの生徒であれば誰でも参加できる(はず)。今はもう行われていないらしいが。 ヴァイオリン科だけでなく、ピアノ科・フルート科・チェロ科すべての科が参加する。でもヴァイオリン科がメイン。プログラムのはじめはレヴェルが高くて、徐々に曲の難易度が下がっていき、最後はきらきら星で締め。メンデルスゾーンのコンチェルトが一番最初。それでも30人近くが合奏する。人数少ないから注目されたなぁ。よく考えると、メンコンを合奏なんてよくできたもんだと思う。弾き手によって全然違うであろうに。そこは同じ教育方針に従ってお稽古してきたから、合うはずという主催者の考えなのだろうか。 メンコンから徐々に難易度が下がっていき、スズキの教本ではおなじみの曲が続く。バッハのドッペルコンチェルトもやる。ファーストとセカンドにわかれるのだが、無秩序に動く子どもをしっかり分類・誘導できるはずもなく。だからときどき、ファーストでエントリーしたのに、自分は明らかにセカンドの集団に紛れ込んでしまった、なんてことも起こる。ちなみに、私もそうなったことがある。。。もちろん、全曲暗譜。分からなくなったら、カンニング。とりあえず弓の動きだけでもそろえておく。 最後のきらきら星は3000人の大合奏。ヴァイオリンが3000人もいて、武道館を埋め尽くすんだから聞いてるほうはさぞ驚くだろう。親が私にヴァイオリンを習わせようとしたきっかけは、このグランドコンサートを見て感動したかららしい。 そして、なぜか小林一茶の俳句を暗唱。生粋のスズキっ子は一茶の百首が暗唱できるらしい。先生によっては、百首暗唱できるまで楽器に触らせない人もいるだとか…。それはちょっとやりすぎだと思うが。でも、私も小さい頃は暗唱を試みた。百とまではいかないが、数十首は覚えた。不思議なもので、今でも言える。この感覚って、長いこと弾いてない曲だけど、弾こうと思えばなんとなく弾けちゃうっていう感覚に似てるかも。「猫の子の」と上の句が言われたら「ちょいとおさえる 木の葉かな」という感じで3000人の子どもが大合唱。 やれ打つな 蠅が手をすり足をする ぶらんこや 桜の花をもちながら 雀の子 そこのけそこのけ お馬がとおる 渋柿や からすも知って通りける 我と来て 遊べや親のない雀 春になると思い出すこの年中行事。結局、5歳から12歳まで毎年参加していた。今思えば、武道館で弾くなんて贅沢な経験だな、と。参加費も入場料もそんなに高くなかったはず。たしか収益の一部はチャリティーにもまわされていたような気が…。有名なホールもこうやって、アマチュアのイベントに積極的に協力してくれたらいいのにな、と思う。参加者にとっては大きな思い出になる。 2008年 03月 19日
今年のNHKの大河ドラマ、「篤姫」。どうやら、私(我が家)と関係があるらしい。
私は見てないので、ストーリーも時代背景も全く知らないのだが、篤姫に出てくる登場人物と血のつながりがあるみたい。もちろん、何万年も前までさかのぼれば人間はみんな兄弟ですが、そういう意味ではなくて。島津と関係があって、母親の母親の祖父の…と辿っていくと誰かに行き当たるらしい。 祖母がはまってて毎週見ているらしいが、「あら、xxさんだわ。」と、まるでお友達のような親近感を持って見ている。 もしかして、私は篤姫ともつながってる??と期待をもって尋ねたが、それは恐らくないと言われた。残念。。。
|